2016.12.8
ボリビア南部・古の巨大湖調査紀行
花本夏輝・環境学研究科 地球環境科学専攻 構造岩石学グループ・博士課程前期1年
南アメリカ中央部に位置する国家ボリビア。その南部には有名な観光地ウユニ塩湖がある。辺り一面が岩塩の大地で地平線までそれは続く。日本人観光客も多いこの地には一万年程前まで巨大な湖があった。その湖はミンチン湖と呼ばれており、今では干上がってウユニとコイパサという2つの塩湖となっている。ミンチン湖の存在を示す痕跡の一つがtufaである。Tufaとは淡水中で形成する炭酸塩岩の一種で、その多くは白色、多孔質で比較的脆い岩石である。私の研究はかつて存在した湖の水位変化を調べること。そのためにtufaを現地で採集し、持ち帰って分析している。調査地域であるボリビア南部の塩湖を囲む山々の斜面でtufaは多く産出する。現地では軽く加工しやすいことから家の建材として使われることも珍しくない。そのtufaでどのように昔の湖の水位を知るのかというと塩湖の周囲にできた湖成段丘とtufaの形成過程が鍵を握っている。湖成段丘は湖の波の作用による浸食でできた平らな地形であり、一定期間水位の変動がなかったことの証明となる。また、tufaの成因については幾つかあるがその成因の根幹は湖水のアルカリ性への移行によって炭酸カルシウムが過飽和となり炭酸カルシウムが沈殿することである。アルカリ性への移行の原因の一つは水中の二酸化炭素の脱ガスによって起こる。この現象は波が岸に打ち付けるときに水中で起こりやすい。つまりこれが意味することはかつて波の作用で湖岸が削られてできた湖成段丘の標高は段丘形成する期間の水位を反映していると共に二酸化炭素脱ガスによるtufaの形成が起こりやすい場所であったということである。湖成段丘の標高とそこに産するtufaの形成年代を知ることができれば、二つの情報を組み合わせることでその時代の湖の水位が分かる。それを知るために約二週間、実際に現地へ調査に行ってきた。
今回ボリビアに調査に向かったのは指導教官のウォリス・サイモン教授と共同でプロジェクトを進めている地球物理が専門で減災連携研究センター所属の鷺谷威教授、そして私の三人である。日本からボリビアへ行くには直行便は無く今回はアメリカを経由して向かった。長いフライトを経て標高約4000メートルにあるボリビアの首都ラパスへ到着するといきなり空気の薄さを実感。重い荷物を持ち上げるだけで呼吸が苦しくなった。荷物を持って空港を出ると笑顔が素敵な現地の運転手さんがお出迎え。そのまま車で世界一標高の高い首都といわれるラパスの中心部に移動した。ホテルで長めの休憩と短い観光、調査に向けて物資の調達を行ってボリビア初日は終えた。二日目は車で調査地へ一日かけて移動。ラパスを出てひたすら南下し、ホテルのあるコルチャニを目指した。ラパスを出ると荒野が広がっているが、そんな過酷な環境であってもリャマの群れが至る所にいることには驚かされた。夕方にホテルに到着し一泊。翌日から八日間の調査が始まった。前半の調査はウユニ東岸地域の段丘で行った。段丘に向かう斜面は場所によって急で登るだけで疲労が溜まる。さらに空気も薄いため調査二日目で高山病を発症してしまった。大変な思いであったが日常では体験できないことを身をもって学べたのはよい経験になったと思う。一日休むことで体調は回復した。その後は順調にtufaのサンプリングは進み、調査地を移動した。調査の途中塩湖の中を車で通過することがあった。初めて見る塩湖は壮大で、まるで他の惑星に居るかの様な錯覚すら感じた。実際に塩湖の真ん中で下車して、踏みなれない岩塩のガリガリとした感触で塩の大地に立っていることを実感させられた。
後半の調査はウユニ塩湖の北にあるコイパサ湖に移動して行った。コイパサ湖はウユニのように有名ではないが同じく塩湖である。有名ではないため観光客は少なく、町の規模も非常に小さい。我々はチパヤという小さな村を拠点にサンプリングを行った。後半も大きな問題なく調査は進み気づけば最終日となっていた。空港があるラパスに向かう前日の夜には星空の写真を撮影した(写真2)。この地域の標高が高いのと空気が乾燥していることから星が綺麗に見えるのだ。普段都市に暮らす私にとって降ってきそうなほど多くの星を一度に見るのは初めての体験で、しばらくの間寒さも忘れて一人屋外で夜空を見上げていた。そして夜が明け我々は帰路に就いた。
フィールド調査では物が壊れたり計画通り移動できなかったりとトラブルはつきものであるというイメージを持っていた。それが海外となると尚更である。しかし、今回の調査は驚くほど順調で大きなトラブルなく終えることができた。あえて挙げるのであれば帰りの飛行機の預け荷物を開けられタガネと多機能ナイフを没収されたことである。私は参加していないがウォリス・サイモン教授が前回調査してサンプリングした地域とは別の地域のサンプルを今回確保できたことでウユニとコイパサの広い範囲の水位データが期待できる。異国の文化に触れたり、慣れない気候風土を肌で感じたりと普段体験できないような体験ができたことから研究だけでなく人生が豊かになったと感じさせる調査であった。
Tufaが形成した湖成段丘と塩湖。手前の茶色の岩石がtufaである
チパヤの星空