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「地球環境科学と私」第七回

2018.11.14

「地球環境科学と私」第七回は大気水圏科学講座 角皆 潤教授による「海底から地球環境科学へ:解答も問題も一つではない」です.


海底から地球環境科学へ:解答も問題も一つではない 大気水圏科学講座 角皆 潤

1991年に修士課程に進学した私は、海底冷湧水の研究に取り組むことになった。冷湧水とは、潜水調査船が学術研究に利用できるようになった1980年代中頃から、大陸縁辺の深海底で相次いで発見された海底湧水のことである。湧出を目視によって確認することは出来ない代わりに、海底面における変色域や、あるいはシロウリガイと呼ばれる二枚貝の群集が存在することで、湧水が存在することが推定出来る (Fig. 1)。私が修士課程に進学した頃は、日本近海で冷湧水帯の発見が相次いでいた。さらに冷湧水域直上の海水の分析から、冷湧水は、必ずメタン (CH4) に富むといった特徴も明らかになっていた。しかしその湧水の起源や、そもそもどうしてそこに湧水が存在するのかといった点は明らかにされていなかった。


そこで私は、「しんかい2000」や「しんかい6500」といった潜水調査船を利用させていただいて冷湧水域直上の海水を採取し、その中に含まれるヘリウム (He) の同位体比を測定することになった。Heは、地殻・大気・マントルで全く異なる3He/4He比を示す。さらに、Heは化学的に安定で、海底堆積物の中を移動する際に同位体比が変化しない。したがって、冷湧水中の溶存Heの3He/4He比を測定することで、冷湧水の起源が解明出来ると予想していた。


しかし、測っても測っても、海水と同じHe濃度、同じ3He/4He比しか得られなかった。博士課程も終盤に近づいて焦りだした私は、それまで採り貯めていた冷湧水域直上の海水試料について、メタン (CH4) の13C/12C比を測定することにした。せめてメタンの13C/12C比からその由来がわかれば、冷湧水の起源が考察出来ると考えたからである。当時世界最高レベルの感度で測定しないとメタンの13C/12C比は測定出来なかったが、半年間の試行錯誤の結果これに成功し、何とか博士号も取得出来た。

ところがその直後、冷湧水域直下の泥 (堆積物) を採取する機会があり、その中に含まれるメタンの13C/12C比を測定してみたところ、 深さや場所に依って13C/12C比が大きく変化していることが明らかになった。私の博士論文を根底から否定するような結果で、最初は全く理由が分からなかった。いろいろ解析するうちに、冷湧水域直下の堆積物中に微生物が大量に存在し、堆積物深部から上昇してくるメタンと、海水から堆積物中にしみ込んだ硫酸イオン (SO42-) を利用して、嫌気的メタン酸化反応を進行させていることが原因であることがわかった。微生物は13Cより12Cを優先して酸化するので、酸化の進行度の違いを反映して13C/12C比が大きく変化していたのである。この嫌気的メタン酸化反応、冷湧水域に分布するシロウリガイが栄養源としている硫化水素 (H2S) の起源を説明するために提案されていた反応であったが、この反応が本当に、そして大規模に進行していることを、メタンの13C/12C比から証明することが出来た。


結論として、メタンの13C/12C比は、当初の目的だった冷湧水の起源の解明には全く貢献しなかった。その代わり、同位体比の変化の有無を観測することで、微生物による消費過程の有無や、その消費量の定量化が実現出来るようになった。それまで微生物に関心を持ったことはほとんど無かったのだが、この研究をきっかけとして、炭素や酸素、窒素、水素などの軽元素の同位体比を測定して、(微)生物と地球との相互作用を解明する研究に取り組むようになった。やがて研究対象も、冷湧水に限らず、多方面に広がるようになった。


現在では、メタンハイドレート・泥火山・温泉・火山・大気・海洋・湖沼・降水・地下水・土壌・森林・都市・燃焼・環境科学・生物地球化学・水循環・古環境など、地球環境科学と呼ばれる研究領域の研究であれば、大部分の研究に首を突っ込んでいる。「何がしたいのかわからない」と言われることも少なくないのだが、もちろん後悔はしていない。地球は未知領域が広く、また多彩な要素が複雑に絡み合っているのが普通である。せっかく同位体比という有用な研究手段を持つに至ったのなら、研究対象を限定しないで応用した方がより深い地球の理解につながることを、冷湧水域におけるメタンの研究が教えてくれた気がするからである。人生などを語る時に「正解は一つでは無い」という表現を聞くことが多いが、私の場合は「問題」の方も一つでは無い(というか無数にある)と考え、地球の研究を進めるようにしている。


地球環境科学専攻

海底冷湧水の一例 (南海トラフ竜洋海底谷、水深1,093m付近の白色の変色域 (右) とシロウリガイ群集 (左) ) (海洋研究開発機構提供)

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