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「地球環境科学と私」第十六回

2019.9.30

「地球環境科学と私」第十六回は地球惑星物理学講座 桂木洋光さんによる ジャーナル・スタンプラリー です.


ジャーナル・スタンプラリー 地球惑星物理学講座 桂木洋光 

研究者にとって論文出版は活動の大きな節目となる.それまで心血を注いで考えてきたアイデアを論理的文章にまとめて公表する論文は半永久的に公開されることになるので,論文執筆において手を抜く研究者というのは恐らく存在しない.ただし,論文をどの学術雑誌に投稿して出版を目指すかは,研究者が選択することが出来る.世の中には数多の学術雑誌が存在し,それぞれが異なるスコープや編集方針を持っており,著者は自分の成果を発表するに相応しい学術雑誌を選んでそこに論文原稿を投稿することになる.投稿された論文は学術雑誌の編集者が選んだ専門家である「査読者」により厳しく閲読され,通常は追加の解析や改訂などの修正を経て,論文が出版に値すると評価されればめでたく論文出版となる.このような論文出版システムの中で我々研究者は少しでも良い論文が書けるよう日々努力している.


普通の研究者はなにがしかの専門分野を持っているので,その分野における標準的学術雑誌へ自分の論文を発表することを目指す場合が多い.もちろん論文の価値が掲載された学術雑誌の種類で決まるわけではないが,いわゆる各分野の標準的学術雑誌に論文を掲載させるためには当該分野(の査読者・雑誌編集者)により研究成果が意義あるものと判定される必要があるため,標準的学術雑誌での論文出版は当該分野で一定の質を持った研究成果を得たということのお墨付きを頂くというような意味合いがある.こう書くと,ややギルド文化的な色合いが見え隠れするが,学術研究が高い専門性に立脚していることを考えると,標準的学術雑誌の存在はある意味自然と言えるだろう.私も研究者の端くれであるので,一応目標とする標準的学術雑誌がある.


しかし一方で,私は個人的に「なるべく多くの種類の学術雑誌に論文を掲載したい」というあまり一般的ではない考えも実は持っている.ただし,この趣向を正当化するような論理的で理知的な理由を持ち合わせているわけではない.むしろ,根拠を持ってそのような論文発表戦略をとっているというより,ある種のコレクターのような感覚があるだけだと言った方が正確かもしれない.一般に学術雑誌毎に投稿の規定やフォーマット等が異なるため,様々な学術雑誌に論文を投稿するのは,一々それぞれの投稿規定を確認してそれにあわせて原稿を準備しなくてはならないので,面倒な作業だ.それでも,新しい研究成果を得て論文を書く際,なるべく今まで出版したことのない学術雑誌を投稿先として選べないかといつも検討している.この不可解な自分の態度について,コレクター根性以外に何らかの理由を求めるとしたら,様々な分野の査読者によるコメント(に苦しめられること)を楽しむ自虐的趣向が関係しているかもしれない.通常,査読者の学術的バックグランドは当該学術雑誌がカバーする学術分野となる.様々な学術雑誌に論文を投稿すると,それぞれの学術分野のカラーを反映したコメントを受けることが多く,それが自分が慣れ親しんでいる標準的学術雑誌の分野のそれとは異なっていたりすると,これまで当たり前と見過ごしていた素朴な疑問などに,はたと気付かされることがしばしばある.そのようなコメントを受けて論文を改訂する作業は,ほとんどの場合とても苦しい作業となるのだが,(最終的に論文が受理されても拒絶されても)終わってしまって時間が経てば,いつも良い経験だったと振り返ることができるようになる.


研究者は誰しも,質が高く影響力の大きい論文を出版したいと常に思って研究や論文執筆に取り組む.私のように「論文掲載学術雑誌の種類」に注意を払うことは,学術研究の本質においてあまり意味のないことなのかもしれない.それでも私は今後も雑誌のバラエティを意識し続けるだろう(もちろん自分にとっての標準的学術雑誌への投稿も維持しつつ).地球環境科学という新たな学問分野の全領域をカバーする学術雑誌がないことを考えると,これは地球環境科学に関連する研究に携わる身として自然と備わった考え方なのかもしれない.そもそも研究者は半ば本能的に「人とは異なる視点を持って対象についての新たな知見を得る」というようなことを目指す生き物である.通常は研究の具体的内容についてそのような方向性を目指すものなのだが,論文の投稿先の選定においても自分なりの(無駄とも思えるかもしれない)こだわりを持つことは,オリジナリティを旨とする研究者のある種の矜持によるものと言うと詭弁だろうか.個人的には論文を量産するタイプの研究者でないということもあるが,数少ない論文出版時には童心に返りスタンプラリーを楽しむように取り組むくらいの余裕を持っていたいものと思う部分もある.本質を見失わない程度にはいろいろな遊び心も持ち合わせて常に研究に向かい合いたい.



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